今日は映画版、聲の形を観たのだ。
原作の頃から、障害についてだいぶ理解は深まる世の中になってると思う。
僕が子供の頃は障害者はいじめの対象だった。僕らが学生の頃は弱肉強食みたいな世界だった。
僕は当時はそういうのよく分からなかったけど、でも危害を加えてはいけないというのは本能的に理解はしてた。
僕はもしかしたら、今で言う学習障害があっただろう。でもそういうレッテルを貼られなかったから苦痛を感じていたが、違う方法を編みだそうとしてたかもしれない。いまでもできてない。もうしょうがないと思ってる。
しかしまさかの身体障害者へと。誰が予想しただろうか。僕は気が小さいので、こうなってしまった以上、健常者の邪魔にならないようにしないと、という考えに囚われてる。そこから抜け出すサポートもいらない。
ただ、自分でどうにもできない、重度の方々がいる。そういう人へは尊厳を守ってサポートはもちろん必要であると思う。
でも、僕の考えは人社会でどうかは、知らん。